Designer's TALK
- 空間と素材
空間のつくり手が語る、空間と素材へのアプローチ
素材のポテンシャルを引き出し、現象を起こす
永山祐子建築設計 永山 祐子
事務所の打合せコーナーには永山さんの好きなアート作品がいろいろ飾ってある。丸柱に直接施されたアートは友人のアーティスト・松下徹さんによるステンシルを用いたもの(特記以外の写真:深沢 次郎)
永山祐子さんが設計した空間を訪れると、不思議な現象を目にして想像力が刺激され、実際の空間以上、あるいは時間以上の広がりを感じる。その体験は得がたいものだ。
現象の多くは素材によって引き起こされる。
永山さんは設計の際、素材とどう向き合っているのだろうか。前編はまず最新作のお話から。
ホールや研修室、カフェなどを備える「女神の森セントラルガーデン」。永山さんはデザインアーキテクトとして関わり、2016年9月に竣工した(写真:表 恒匡)
― 「女神の森セントラルガーデン」は化粧品会社の複合施設で、規模の大きいお仕事です。素材という点で、この建物ではどんなことを考えましたか?
永山:建物に「肌理(きめ)」を持たせることが一つのテーマでした。規模が大きいからこそ、細やかにつくらなければならないと思いました。
敷地は山梨県・小淵沢の森の中。森というのは土や木の葉、枝など小さな要素の集積ですよね。そんな森に対して、のっぺりと大きな面で構成する建物の外装は馴染まない。そこで、1階の外壁は押出成形セメント板に、「森綾(もりあや)」と名付けたオリジナルの文様を施しました。コンクリートの表面保護剤に少しだけ色を混ぜ、職人さんが手のストロークを活かして刷毛で塗装することで、その文様を描いています。寒冷地なので使える材料が限られたのですが、風土に合ったものをうまく利用しました。
永山 祐子 Yuko Nagayama
1975年東京都生まれ。1998年昭和女子大学生活科学部生活美学科卒業後、青木淳建築計画事務所に入所。2002年に独立し、永山祐子建築設計を設立。
「森綾」文様が施された外壁。枝を広げた木が林立する様子がモチーフ(写真:表 恒匡)
塗装のレシピをつくっているときの様子(写真:永山祐子建築設計)
― 塗装の濃淡やかすれ具合が絶妙です。
永山:色の混ぜ方や分量によってかすれ具合が変わるので、特殊塗装職人のなかむらしゅうへいさんと相談しながら塗装のレシピをつくりました。そして、この塗装の配合で、この刷毛を使って、このストロークで、というところまで全て決めてから、実際に塗る職人さんに講習会を開いたんです。内外合わせて1000m2くらいあるので当初は数人で塗るはずだったのですが、その中の一人の職人さんが「人によって表情が変わるから、俺が全部塗る」と言ってくれました。その職人さんは角度を揃えるためのジグも自主的につくって現場に臨んでいました。やりがいのある仕事だと思ってくれたようです。
― 「森綾」文様は他にも使われていますね。
永山:2階の開口部に用いたシェードも「森綾」です。アルミ鋳造により、既製のリブ付き押出成形セメント板のリブと同じピッチの縦格子に後ろから斜め材を重ねたパネルをつくりました。外から見るとリブ付き押出成形セメント板を張った壁とシームレスに連続しますが、屋内から見ると開口部に文様が透けて現れます。
カフェの天井の「森綾」は、敷地で伐採したアカマツを使ってつくりました。カフェのソファやホールの椅子などのファブリックも、同じ文様をジャカード織で表現しています。
開口部のシェード(写真:表 恒匡)
カフェは2017年4月にオープン。一般利用もできる(写真:表 恒匡)
― 文様のアイデアは計画当初からあったのですか?
永山:初めは内外装材をオリジナルでつくろうと考えていました。でも予算が合わなかったので、既製品に少し手を加えて全く違うものにする、という方向に変えました。既製品に何かしらオリジナリティを足したり使い方を工夫したりしてポテンシャルを引き出せれば、既製品の概念を超えられるのではないか、と思ったのです。
その方向で検討を進めるなかで「森綾」が出てきました。そして最終的にはさまざまな物語を含め、これをキーワードとして全体をまとめることで、クライアントやつくり手とイメージをスムーズに共有することができました。判断基準にもなり、例えば今回はクライアントに素材を一つひとつ説明するのではなく、「『森綾』のイメージに合わせて選んだ素材です」と、まるごと承認していただく形をとっています。好き嫌いで素材を個別に決めていくと、この規模の建物では収拾がつかなくなりますが、それを防げました。
アプローチやホールホワイエ、多目的室の天井にはステンレスの2B(ツービー)材を細かくランダムに取り付けた。さざ波に周囲の景色が映り込んでいるように見える(写真:表 恒匡)
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