Designer's TALK
- 空間と素材
空間のつくり手が語る、空間と素材へのアプローチ
視点を変えると、素材の使い方がぐんと広がる
トラフ建築設計事務所 鈴野 浩一 禿 真哉

2016年10月〜12月に開催された「トラフ展 インサイド・アウト」では会場のTOTOギャラリー・間が入るビル全体を使って展示を行った。写真は900個の「空気の器」によるインスタレーション(特記以外の写真:深沢 次郎)
トラフ建築設計事務所の鈴野浩一さんと禿真哉さんは、「出番待ち」の素材を事務所に溜め込んでいるほどの、素材好きだ。
素材から発想することは多いと話す彼らのデザイン手法を、実例をもとに聞くお話の後編。

「ミナ ペルホネン コティ」の床。つい見とれてしまう(写真:太田 拓実)
― 湘南T-SITE内の「ミナ ペルホネン コティ」は床一面に皆川明さんデザインのテキスタイルを敷き詰めるという斬新な仕上げです。どのように施工したのでしょうか?
トラフ:皆川さんと話し合うなかで、どちらからともなく「床にテキスタイルを敷き詰めたい」というアイデアが出てきました。でも、靴底で踏まれたら布はすぐに汚れたり擦り切れたりする。そこで、布を透明のエポキシ樹脂で固めることにしました。
樹脂は何回も塗り重ねて層にしていて、その層の間にボタンを置いて、浮いているように見せています。皆川さんデザインの特徴あるテキスタイルのなかから、樹脂で濡れても色があまり変わらないものを、皆川さんと一緒に現場で実験しながら選び、床のモルタルにその布をまず糊で張っていきます。その上に樹脂を流し込み、乾いた頃にボタンを置いて再び樹脂を流し、また乾いた頃にボタンを置いて樹脂を流す、という工程を繰り返しました。ですからボタンが浮かんでいる高さはいろいろあります。思わず覗き込みたくなる床でしょう?床は店を訪れるお客さんにとって空間体験への第一歩ですから、それまでの環境と気持ちが切り替わるという意味でも大切な要素だと考えています。

鈴野 浩一 Koichi Suzuno
1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学卒業。1998年横浜国立大学大学院修士課程修了後、シーラカンスK&Hに勤務。2002〜03年Kerstin Thompson Architects(豪メルボルン)に勤務。2004年トラフ建築設計事務所を共同設立



「ミナ ペルホネン コティ」の床仕上げの過程。床に張ったテキスタイルの上に樹脂を流し込み、乾いた頃にボタンを置いて再び樹脂を流すことを繰り返した(写真:トラフ建築設計事務所)

「ミナ ペルホネン コティ」の店内。床が目立つぶん、他はシンプルに(写真:太田 拓実)

禿 真哉 Shinya Kamuro
1974年島根県生まれ。1997年明治大学卒業。1999年同大学院修士課程修了後、青木淳建築計画事務所に勤務。2004年トラフ建築設計事務所を共同設立
トラフ:床が目立つので、空間の他の部分は極力シンプルにしました。中央に置いた島什器は細いパイプ脚で軽やかに床から浮かせて、布を敷き詰めた床を見ることを妨げません。商品が並ぶことで彩りが加わる壁面は白を基調とし、ガラスの棚板と目立たないデザインのブラケットで棚の存在を消しています。ここでも主役となる素材が決まることで、全体の方向性も自ずと見えてきました。
― 事務所では、いつか使おうと思っている「出番待ち」の素材をたくさん保管していると聞きます。(インタビュー場所となった)「トラフ展」にもその一部を展示していますね。
トラフ:日頃から意識的に、気になる素材を探しています。出合ったときは何に使えるのか具体的にわからなくても、「おもしろいな」と琴線に触れたものは手元に残しておきます。惹かれるのは、安価で、ふだんは表舞台に出てこないようなものですね。また、素材を見るときは、こちらが表で、こちらは裏、という見方も取り払います。表も裏もフラットに見るんです。裏がおもしろい素材は結構あって、タイルはその代表例ですね。メーカーの方に話すとビックリされますが(笑)。

後ろの青い布は、工事現場の養生シートにプリーツ加工を施したもの
― 「トラフ展」の中庭に吊るしてあるのは工事現場でよく見かける養生シートですが、プリーツ加工してありますね。
トラフ:養生シートは丈夫で繰り返し使え、しかも屋外用の布としては安価です。これにプリーツ加工を施して二重にすると、日中はモアレが美しく出る。工事現場で見せる表情とはまったく違うでしょう?中庭の奥に屋根代わりに架けているのも防虫ネットで、ふだんは網戸などにおとなしく収まっていますが、太陽や照明の光を受けるとキラキラ輝いて見えるし、周囲にはその影がきれいに落ちる。そうやって視点を変えたり、少し手を加えたりするだけで、思いがけない使い方が浮かんでくるのが楽しいんです。
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TALK #02
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