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Designer's TALK
- 空間と素材
空間のつくり手が語る、空間と素材へのアプローチ

TALK #16

壁紙が持つ空間の支配力はすごい。
MIHARAYASUHIRO 三原 康裕

TALK #16 壁紙が持つ空間の支配力はすごい。

サンゲツ壁紙見本帳「2018-2020 RéServe」撮影現場にて「SPACE SEA」を前に(特記以外の写真:山本 大)

世界的にも有名なファッションデザイナーの三原康裕さんとともに作り上げる、新しい壁紙プロジェクト。大学でテキスタイル学を学んだ三原さんだからこそ実現した作品はどれも必見だ。そこにはどのようなコンセプトがあり、どのような思い入れがあるのか。「新しい発見がいくつもあった」というそれぞれのデザインを、ご本人に解説してもらった。

― 特に思い入れのある作品があれば教えてください。

三原:『SPACE SEA』ですね。これはイギリスの博物館に行った時に見た、昔の図鑑をインスピレーションにしたもの。遠目にはフラワーモチーフに見えますが、近くで見るとクラゲなどの海洋生物で構成されている。「可愛い」と思って近づいて見ると「うわ~…」みたいな(笑)。対照的なものを同時に表現したものです。
実はこの作品で一番こだわったのはバックのクリーミーなイエローなんですが、これは赤や緑を中和するために必要な色だったんです。見えてはいるけれど意識はさせない “捨て色”。それが壁紙になったときにどう作用するかが心配だったのですが、すごく綺麗に仕上がっている。これには僕自身驚かされましたね。

三原 康裕

三原 康裕 Yasuhiro Mihara
1972年長崎県生まれ。1993年に多摩美術大学デザイン学科テキスタイル学部に入学し、1994年から独学で靴を作り始める。1996年に靴メーカーのバックアップにより「archi doom」を立ち上げ、大学卒業後の1997年に名前を「MIHARAYASUHIRO」に変更。ウエアも展開するコレクションブランドに。枠にとらわれない発想から生まれる遊び心のあるシューズや服は、海外からも常に高い注目を集めている。

三原氏がデザインした「SPACE SEA」。近くで見ると植物と海洋生物で構成されているのがわかる

三原氏がデザインした「SPACE SEA」。近くで見ると植物と海洋生物で構成されているのがわかる

― 壁紙で迷彩というのは難しいように思えましたが、『FLOWER CAMO』は花をうまくモチーフにしていることで生活に馴染むよう仕上がっていると感じます。

三原:ネガティブな要素のある迷彩柄を花柄にすることでポジティブに昇華したいというのがコンセプト。イギリスの伝統的な柄をモチーフにしているというのもポイントですね。ちなみに迷彩柄というのは、銃のスコープの焦点を合わせづらくさせるために柄の中にレイヤーが組まれているのが特徴。遠近感を狂わせる柄なんですが、実はそれは大和絵と同じ手法なんですよね。ある意味日本にも馴染みのあるものなんです。
僕のコレクションではシャツやパンツなどいろいろなものに採用しました。

― 『KASURI WALL』はどのような経緯で生まれたのでしょうか。

三原:絨毯やカーテンなどに使われるゴブラン織りを、コンピューターを使わずにやりたいと思ったのがきっかけ。とにかく手書きで、いかに下手くそに味を出すか。それこそ始めは、ノートの端に書いたものをスキャニングしてっていうものでした。ただこれを布に乗せるとどうしてもただのかすれた線にしか見えなくて…。洋服のテキスタイルとしては採用されることはありませんでしたが、壁紙というソリッドなものに乗せると生きてくる。これは僕も新しい発見でしたね。

「FLOWER CAMO」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉
「FLOWER CAMO」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉

「FLOWER CAMO」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉

「FLOWER CAMO」(写真上:山本 大、写真下:大中 啓〈D-CORD〉

「KASURI WALL」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)
「KASURI WALL」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)

「KASURI WALL」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)

「KASURI WALL」(写真上:山本 大、写真下:大中 啓〈D-CORD〉)

― 手書きのそれとは対照的な『PHOTO CHECK』という写真を生かした壁紙もあります。

三原:これは僕が一枚一枚生地にシワをつけて置いて、撮影したものをブロックチェックのように並べてみた。いってしまえばそれだけのものですが、その配列には細かくこだわりました。

― 手作業のリアリティのようなものがうまく生かされているように見えます。主張はあるけれど、温かみがあるというか。

三原:一方で、ハンドクラフトのパッチワークを写真でデジタルに再現したという側面もありますよね。これはジャカード織りで洋服にも採用しましたが、その時も興味深いデザインになりました。

― 『SCATTERED BE CHIDORI』=散乱する千鳥、にもどこかアイロニカルなアート性を感じます。これはどのようなプロセスで誕生したのでしょうか。

三原:ひとつひとつのピースが集まってユニット的なものとして存在しているというイメージで千鳥格子柄を捉えてみた作品です。そもそも千鳥格子柄はイギリスの伝統的な柄。オーセンティックなものってどこか無感情なところがありますが、配列を崩すだけでガラリと感情的に見える。それがすごく面白いなと思ったんです。

これは僕のコレクションでもグラデーションデザインのニットなどに採用したのですが、ヨーロッパの人によく「三原は壊すのが好きだね。それは褪せていくのも美徳とする禅の精神か?」って聞かれたんです。そんなつもりは全然ないんですけれど(笑)、少しアレンジするだけでこんなに捉え方に奥行きが生まれる。面白い発見がありました。

「PHOTO CHECK」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)
「PHOTO CHECK」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)

「PHOTO CHECK」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)

「PHOTO CHECK」(写真上:山本 大、写真下:大中 啓〈D-CORD〉)

「SCATTERED BE CHIDORI」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)
「SCATTERED BE CHIDORI」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)

「SCATTERED BE CHIDORI」(写真左:山本 大、写真右:大中 啓〈D-CORD〉)

「SCATTERED BE CHIDORI」(写真上:山本 大、写真下:大中 啓〈D-CORD〉)

― そして最後に『BE HERE NOW』。

三原:これはラム・ダスという、ヒッピーのメンタリティを最初に打ち出した人の著書『BE HERE NOW』がモチーフになっています。スティーブ・ジョブズが敬愛していた人物の一人としても有名ですよね。そこには人間のパラドクスのようなものが書かれているのですが、有名なものだと『NO MATTER NEVER MIND, NO MIND NEVER MATTER.=問題がなければ気にもならないけど、気にしなければ問題もない』というものがありますね。これはどこか日本の禅にも通じる考え方かもしれません。

それを読んだ後に僕は、昔の炭鉱労働者がアメリカのいろんなところを回っていく時に服に入れる刺繍の資料からレプリカントしたパッチワーク風に作った生地を小さく切ってそれを写真に撮り、コンピューターでひとつひとつつなぎ合わせてアルファベットにして、その書籍の中に出てくるメッセージに変えたんです。ちなみにひとつひとつのパーツには、PORTLAND とかPITTSBURGH などのアメリカの町の名前が入っています。住所不定でどこにも属さないというヒッピーの精神性を表現しています。

単純な文字のメッセージも、その中に行くつかの手間や工夫を加えることで、より意味合いの重いものになる。そういうことをラム・ダス氏の詩を借りて表現した作品です。小さな写真を何枚も使って作る作業だったので、実際にデータとしても重かった(笑)。

遠目だとポップですが、近くで見ると想像以上に細かい。そして背景を知っているかいないかで見る人の捉え方も違う。これは当時ポスターにしたのですが、さらに大きな壁紙となってより良いものになったと思いましたね。

「BE HERE NOW」(写真:大中 啓〈D-CORD〉)

「BE HERE NOW」(写真:大中 啓〈D-CORD〉)

「BE HERE NOW」の文字は三原氏自身が撮影した画像のパッチワークで構成されている

「BE HERE NOW」の文字は三原氏自身が撮影した画像のパッチワークで構成されている

― このプロジェクトを通じて、改めて壁紙の可能性について感じたことがあれば教えてください。

三原:今まで僕は「壁紙」の意味を考えた時、実際の生活空間での役割はとても謙虚な存在で周りの引き立て役でしかないと思っていました。しかし、このプロジェクトで感じたのは、その存在は家具や照明以上に空間の支配力を持っていることでした。それはサンゲツの皆さんの想いや情熱が「壁紙」にもちゃんと表現されているからでしょう。もし、サンゲツのプロダクトに触れる機会があった際には、僕が心を揺さぶられたように皆さんにも何かが伝われば嬉しく思います。

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