STORY#05
日本のモノづくりを世界に示す「カゲトヒカリ」
空間に現れる陰影の中で、かすかな光が移ろい、揺らぎ、重なる……日本人が大切にしてきた「カゲ」と「ヒカリ」による表情を、壁装材・床材で生み出したい。その想いを基点として始まったカゲトヒカリのモノづくりプロジェクト。これまでの生産体制とは異なり、デザイナー、メーカー、そして生産現場の職人たちが三位一体となって取り組んだプロジェクトは、まさに究極のモノづくりへの挑戦※だった。(※詳細はデジタルカタログ内「カゲトヒカリができるまで」よりご覧いただけます。)
コレクション監修を手がけた建築家の隈研吾氏は、完成時の手応えを「日本のモノづくりの凄さっていうのを、この製品を通じて世界に示せるんじゃないかなと思いますね」と表現した。
そこから半年。ローンチ後の反響や反応、モノづくりの現場に与えた変化などをデザイナー、メーカー、そして生産現場の職人たちに再び取材した。三者それぞれにとっての「カゲトヒカリ」とは?
そして「日本のモノづくり」とは?
※本ページの掲載情報は取材当時(2022年3月)のものです。
PROJECT
建築空間の中で
広い面積を占める壁装材・床材
もっと丁寧に検討していきたい
日本のモノづくりの凄さっていうのを、この製品を通じて
世界に示せるんじゃないかなと思いますね
― 隈研吾
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日本のモノづくりの凄さっていうのを、この製品を通じて
世界に示せるんじゃないかなと思いますね― 隈研吾
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隈研吾Mikiya Kobayashi
1954年横浜市出身。
1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。
慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。
30を超える国々でプロジェクトが進行中。
自然と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。
隈研吾の哲学を、壁装材・床材に昇華
「生産量がありながら手作り感も併せ持っている。それが、一番新しかったところです。」
隈研吾建築都市設計事務所でファブリックデザインを担当し、カゲトヒカリの開発にも尽力した佐藤未季さんはそう話す。特に大きな空間では面積をカバーできる工業製品としての壁装材・床材が選ばれるケースが多いのだが、これまでは柔らかい素材や柔らかい表情を持った手作り感のある選択肢がなかった。カゲトヒカリによってそれが可能となることに佐藤さんは期待を寄せている。
また、サンゲツとしても初のチャレンジとなった壁装材・床材を同一テーマでコレクション化することで、これまではできなかったイメージを具現化できるようになったという。
「隈は、より身体的で柔らかい空間を追求しており、実際に布などで包む表現を行うこともあるのですが、用途によっては難しい状況があります。カゲトヒカリは製品化されたモノで柔らかさが表現できますし、壁と床の両方で包み込むイメージを強化しあえます」。
初の導入事例となった、石垣市役所新庁舎
数百もの建築プロジェクトを並行して手がける隈研吾建築都市設計事務所では現在、カゲトヒカリをプレゼンテーションの場で何度も提案しているという。「事務所内でカタログが不足するほどです」と佐藤さんは笑って話してくれた。「隈自身がとても気に入って、積極的に提案しています。これまでは本当に使いたいと感じる製品の選択肢がなかったのですが、やっと出てきたという想いのようです」。
ちょうどカゲトヒカリの開発時に進んでいた石垣市役所の新庁舎建築プロジェクトでも、隈氏が猛烈にプッシュして完成間近となったカゲトヒカリの試作品をプレゼンテーションの場で紹介したという。その結果、新庁舎では❝しゃらしゃら❞❝もわもわ❞の壁装材が市長室をはじめ応接室、食堂などに採用された。
2021年11月に行われた落成式において、石垣市長は「新庁舎は伝統的でありながらも独創的だ」というコメントを残している。カゲトヒカリがオリジナリティのある空間創造の一助となったと言えるだろう。
カゲトヒカリはその他にも、複数の宿泊施設や公共施設などへの導入計画や提案が進んでいるそうだ。
※石垣市庁舎の詳細は、「納品実績」ページよりご覧いただけます。
選択肢の1番目となるように
壁装材・床材は積極的な検討が行われないまま、
無難なものに落ち着きやすい傾向がある
― 佐藤未季
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壁装材・床材は積極的な検討が行われないまま、
無難なものに落ち着きやすい傾向がある― 佐藤未季
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佐藤未季Miki Sato
大分県出身。
オランダのデザイナーPetra Blaisseのもとでカーテン等の、建築と関わるファブリックデザインを学び、現在は隈研吾建築都市設計事務所にてカーテン、カーペット、ランプシェードなどのデザインを担当。
撮影/小島平莉
「壁装材・床材は積極的な検討が行われないまま、無難なものに落ち着きやすい傾向がある」と佐藤さんは、デザイナーの視点からこう話を続けた。大きなプロジェクトになるほど検討事項も増えるため、その傾向がさらに強まるそうだ。「それはもったいないことで、空間の中で広い面積を占める壁装材・床材はもっと丁寧に検討したいし、してもらいたいと思います」。
また、隈氏はカゲトヒカリについて「このコレクションは人の邪魔をしない材料でできあがっている。そこがいままでのデザイン志向の商品とは大きく違うところ」と評し、「カゲトヒカリは、どの建築家にも違和感なく使ってもらえると思う」とコメントしている。
「現状のように検討プロセスが固定化してしまっているところを、空間に馴染むカゲトヒカリに置き換えていきたいですね。どんどん使っていきたいです。」佐藤さんは、そう力強く話してくれた。
OUR VIEW POINT
「カゲトヒカリ」の存在が
私たちサンゲツのブランド価値を
押し上げる呼び水に
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『陰翳礼讃』から出発したというこのコレクション。
「西洋化が進む日本の住宅に、あえて日本の原点となる空間意識の呼び覚ましのような商品だと感じました。」市場におけるカゲトヒカリの反響は、見る人によって評価に温度差があったものの、隈研吾氏という世界的な建築家とのコラボレーションや細部にまでこだわったモノづくりへの情熱は、伝播している。
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❝しゃらしゃら❞は「新しいものを取り入れたい」「いいものを使いたい」といった要望からオフィスの打ち合わせブースに採用され、多彩な表情を感じられるグラデーション糸の床材が他との差別化にもつながった。セールス面で高い評価を得たのは、❝もわもわ❞だった。その意匠性が評価され、サンゲツのイメージを刷新するきっかけにもなった様子だ。「サンゲツはここまでできるのか」そんな声も上がってきた。
カゲトヒカリコレクションの本物を掘り下げる姿勢は“ここぞという時に使ってみたい商材”という評価につながり、業界誌をはじめ一般誌でも取り上げられたことでサンゲツのブランディングに貢献する商品となった。
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蒜山ミュージアムの展示がきっかけに
積水ハウス株式会社 岡山シャーメゾン支店
採用場所:打合せブース大 床
採用品番:KAG-203-T(DT-203T) しゃらしゃら蒜山ミュージアムのこけら落としとして開催された隈研吾展に来場され、そこでサンゲツが展示協力をしていたカゲトヒカリをご覧になって「ぜひ採用したい」とKAG-203-Tを選んでいただいた。
※KAG-203-T(DT-203T)は原糸の変更によりDT-213Tへ変更となりました。
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東京大学と積水ハウスが世界最高峰の「デジタル×建築」研究施設を新設するなど、隈氏との関わりが深いことも選定理由のひとつ。設計長からも仕上がりに満足いただいている。
*隈研吾 × サンゲツ「カゲトヒカリ」コレクション展示協力のお知らせ
*東京大学×積水ハウス 「国際建築教育拠点(SEKISUI HOUSE - KUMA LAB)」
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陰翳やきらめきが
どう空間に映えるかをイメージして株式会社サンゲツ 関西支社
採用場所:応接室「RECEPTION ROOM01」壁面・床
採用品番:KAG-314-C (SGB2015) もわもわ 壁、KAG-401-T(DT-401T) もわもわ 床支社内の最上級VIPルームの位置づけとなる「RECEPTION ROOM01」。隈氏が表現した「カゲトヒカリ」を使い、実際の自然光を活かした空間となるよう設計した。
北西からくる光が入った中で、陰翳やきらめきがどう空間に映えるか、軽やかな空間の中に繊細さを求め、より上質な高級感のある空間に仕上げた。また、応接室にありがちな重厚感を排除した空間になるよう、脚の細いソファーやコンソール(天板はGARZAS)を採用するなど、細部にわたって隈氏がよく使用される空間をイメージし体現した。※KAG-401-T(DT-401T)は原糸の変更によりDT-411Tへ変更となりました。
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内装のテーマは「茶室」。❝つぶつぶ❞の特徴である凹凸のある表面で不均一な美しさを表現し、そのボリューム感から温かみを感じるよう設計。無機的なガラス素材との相性も良い、癒しの空間となった。
WEB会議で使用する際に背景にグリーンが映り込むため、打ち合わせトークのきっかけとなったりコミュニケーションエリアとしての役割を果たしている。
PRODUCT DETAIL
モノづくりの現場にもたらした変化
ニットデニット糸の開発に尽力した「ヨネセン」、その糸を使って新たな織りの表現を見いだした「山本産業」、手加工を駆使して自然素材を使った壁紙の新境地を拓いた「小嶋織物」。カゲトヒカリを支えるモノづくりの現場を再訪して職人たちの矜持や息づかいを感じながら、それぞれの代表にカゲトヒカリの反響やその後のチャレンジを伺った。
山本: これまでは完成された美しさを追求したモノづくりを行なってきたのですが、今回のプロジェクトでは「カゲ」の移ろいや曖昧さ、アンバランスさなどをいかに表現していくか、素材をどう選んでいくかに苦労しました。素材選びから完成までに約3年かかりました。
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米田: 「グラデーション糸」は色の変わり目の濃淡に工夫を重ねました。一度編み込んだ糸をほどいて作る「ニットデニット糸」は、糸のテンションや太さ、針本数など、求められているものに対してどう調整するかに苦労しましたね。
— 意識した点や感じたこと、苦労した部分を教えていただけますか?
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小嶋: プロジェクトの鍵となった「オノマトペ」。私たちが手がける織物系の壁紙にピッタリだなと感じました。今回の❝しゃらしゃら❞❝もわもわ❞をはじめ、❝ふわふわ❞❝つるつる❞など…素材感を感じる言葉だなと。当社では壁紙だけで860アイテムを作っているのですが、カゲトヒカリはまさにテーマ通りのモノづくりができました。
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— 完成品を見た感想や反響はいかがでしたか?
米田: 発表会でカーペットと壁紙が対になって展示されているのを見て、これからは空間としてのモノづくりを意識していこうと感じました。カゲトヒカリの発表を機に声をかけていただける機会が増えたのがうれしいですし、自信にもなりましたね。
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山本: 完成した見本帳を見て社内では感嘆の声がもれていました。社外からも今までに見たことがない表情豊かな製品だと驚きを込めて評していただけることが多く、大きな自信になりました。カゲトヒカリを機に今まで使ったことのない材料にチャレンジしたり、実際に製品が使われるスペースやそこにいる人々までをイメージしたモノづくりができるようになりました。
小嶋: これだけ手間をかけた製品ですので価格の高さが不安だったのですが、すぐにリピート注文をいただき驚きました。アート品のような価値のあるものには、価格は関係ないのだとあらためて感じました。職人たちのモチベーションと意識も上がり、モノづくりへの姿勢まで変わったのが印象的です。
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— 商材への思いと、これから取り組まれるチャレンジは?
山本: 今回のプロジェクトで学んだのは、建物の中で一番大きな面積を占めるのが「床」だということでした。そして、そこに人がいて直接触れる商材でもあります。床材は色やデザイン、踏み心地、人に与える感性などが表現でき、それが豊かな暮らしにつながります。今回のカゲトヒカリで得た知見や技法を、私たちが手がける別の分野、たとえば乗り物のカーペットやテニスコート、衛生材料、環境材料などに活用していきます。
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小嶋: カゲトヒカリの経験で素材の大切さを再確認し、いままで使ったことのないような素材に目がいくようになりましたね。価格や防火性能はいったん置いて、素材の可能性を探っている毎日です。素材感を活かした“肌で感じる壁紙”を作り続け、天然素材を使った壁紙の普及に努めていきます。
米田: 染色加工の仕事は白い糸に色をつけることがメインなのですが、実は人によって見えている色は違うため色数は無限にあると考えています。色は生活に彩りを与えてくれるものですし、グラデーションによって深みも表現できます。染色を通じて人々の暮らしをワクワクさせるような素材づくり、モノづくりがしたいと思っています。
日本のモノづくりの威力
— それぞれが感じる「日本のモノづくりのすごさ」とは?
山本: 日本のモノづくりのすごさは、コツコツと仕事を重ねる職人魂にあります。「いかにしっかりとしたものを作っていくか?」「お客様の声に応えていくか?」その緻密さの集大成が、日本製品の強さだと感じます。
米田: 「表現の細かさ」にあるのではないでしょうか。私たちが扱う機械の設定や全体設計にも通ずることですが、表現のお手伝いをする立場として他の国々には真似のできないレベルを常に意識しています。
小嶋: 海外と違うのは、前工程に手間ひまをかけること。そして後ろに控えながらすごいことをしている点だと思います。カゲトヒカリの表現についてもそう。日本人独特の厳かさで前には見せず、目に見えないところにもうひとつ手を加えています。
手間ひまをかけてつくる職人魂。それによって実現できる表情のきめ細やかさ。カゲトヒカリには、日本人の美意識と日本のモノづくりの叡智が脈々と息づいている。
空間を柔らかく包み込むカゲトヒカリの壁装材・床材。これまでにない表現を堪能できる場所が、次々と増えていくのが楽しみだ。
製造工程にフォーカスし、難しいテーマに挑み、試行錯誤の連続の先に得られた、生産現場の職人たちの想いをお届けします。