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モノづくりストーリー MONOZUKURI STORY

STORY#06

光から壁紙を思考する

STORY#05 日本のモノづくりを世界に示す「カゲトヒカリ」

室内の明るさは、日中は開口部からの自然光で、夜になると照明器具による人工光で確保する。両者で光の質は異なり、色合いやテクスチャーの見え方に変化をもたらし、インテリア全体のイメージにも作用する。空間の“光”を操る岡安泉さんの提案する壁紙が、壁紙見本帳『2022-2024 リザーブ1000』(2022年5月発刊)に登場した。題して「Play with Lighting」。光をテーマに緻密に構築されたデザインは、エンジニア出身の岡安さんならではのアウトプットだった。
写真/森田大貴(商品写真、特記をのぞく)
※本ページの掲載情報は取材当時(2022年6月)のものです。

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PROJECT
理論的に構築されたデザイン

色は光の反射があるから感じられる。
太陽の動きや季節、照明によって空間は変容します。

― 岡安泉

  • 色は光の反射があるから感じられる。
    太陽の動きや季節、照明によって空間は変容します。

    ― 岡安泉

  • 岡安泉 Izumi Okayasu

    岡安泉Izumi Okayasu

    照明デザイナー。1972年神奈川県生まれ。1997年より2007年まで照明器具メーカーに勤務し、2007年岡安泉照明設計事務所を設立。建築空間・商業空間の照明計画、照明器具のデザイン、アートインスタレーションなど光にまつわるデザインを国内外問わず行っている。代表作は「ミラノサローネ2013 東芝“Sofio”」「玉川高島屋S・C本館 グランパティオ」など多数。

    https://www.ismidesign.com/

光のふるまい

壁紙見本帳『リザーブ1000』には、壁紙とは異なる業種で活躍しているクリエイターに参画してもらう「Pick Up Wallpaper」という企画がある。今回、岡安泉さんに声をかけたのは、光は空間に色や質感を与える重要な要素だと思い至ったからだ。照明器具をコーディネートする、いわゆる照明デザイナーの仕事のかたわら、特注器具を設計したり、ミラノ・サローネで作品を発表するなどインスタレーションも数多く手がけ、照明だけにとどまらない岡安さんの発想力に期待をかけた。
「壁紙はグラフィックだから、自分の専門分野ではないと思いました。でも普段の仕事で壁や床にも注意を向けている。もしかしたらなにかやれるかもしれない」(岡安)
反射や拡散、吸収、コントラスト、グラデーションなど、光のふるまいを起点としたアイデアをブラッシュアップして、「純白」、「純黒」、「階調」、「光の破片」が生まれた。

白と黒を極める

最初の打ち合わせから、色温度や黒体軌跡(*1)と光に関する専門用語が飛び出した。「ひとの目が色を知覚できるのは、光があってこそ。だから黒体軌跡になぞらえた、系統立てた壁紙があってもいいのではないか」という問いかけだった。
「白はもっとも基準となる色」。ところが、「日本の壁紙はアイボリーや淡黄色に振ったものがほとんど」と岡安さんは話す。「色相(*2)を持った白には違和感を覚える」。空間デザインや照明計画において、極限となる値を持った色がないとコントロールしきれないのでは?と危惧するというのだ。であれば、「白を極めてみよう」という流れになった。あわせて白の対極にある「究極の黒」にも挑むことに。「真っ暗な舞台で、演者だけに光があたって浮かび上がる、そんな素敵な状況が、リアルな生活にあってもいいですよね?」。

*1 黒体軌跡:光エネルギーを完全に吸収し、またすべて放射する物体のことを黒体といい、黒体は加熱して高温になるにしたがって赤、黄、白、青白の順に発色する色が変わっていく。その変化の線が黒体軌跡で、線上の値が色温度を示す。単位はK(ケルビン)。ろうそくは約2000K、白熱電球は約2700Kで、太陽光は約5000K。

*2 色相:赤や緑などのように、色を特徴づける色みのこと。

*1 黒体軌跡:光エネルギーを完全に吸収し、またすべて放射する物体のことを黒体といい、黒体は加熱して高温になるにしたがって赤、黄、白、青白の順に発色する色が変わっていく。その変化の線が黒体軌跡で、線上の値が色温度を示す。単位はK(ケルビン)。ろうそくは約2000K、白熱電球は約2700Kで、太陽光は約5000K。

*2 色相:赤や緑などのように、色を特徴づける色みのこと。

「白とは、光をすべて拡散反射して対象物が結像しない状態です」。だからといって光沢のある壁紙にして反射を強めると、照明の光が結像して映り込むから相性はよくない。一方、「黒は光を吸収し、さらに凹凸のあるポーラス(多孔質)状であれば光が表層内部で反射しながら減衰していきます」。光学的な話が矢継ぎ早に語られる。「黒は吸収するとはいえ、強い光には負けるんですよ」。カメラのレンズ鏡筒内の反射を防止する塗料をボードに塗って光にあててみたら、黒になると思いきやグレーになったのだそう。白も黒も表現の難しさをわかっていての挑戦だった。

「純白」 RE53026
「純白」 RE53026
「純黒」 RE53033
「純黒」 RE53033

自然なランダムをつくる

「繊細な階調を持つ壁紙をつくりたかった」と岡安さん。間接照明のほとんどは上から光が注がれるから、天井に近いと明るく、床に近づくにつれて明度が落ちていく。そのグラデーションを反転させた壁紙をつくれば、フラットできれいな光ができるのではないか、というのだ。ところが、壁紙の規格サイズや製造工程からすると幅広のグラデーションは現実味に欠ける。そこで明と暗の2段階にしてみよう、というところからスタートした。
「照明は高い位置ほど緊張感が高まり、足元ほどリラックスできる効果があります」。それを応用して、「朝や日中の活動的な時間帯、視線が高いときに目に入る色は明るく、夜になってソファや床に座るなど視線が低く、くつろぎたいときには暗い色が目に入るように」、壁の上下で貼り分ける壁紙を考えた。
その境界線をいかになじませるか。そして見ていて心安らぐ有機的な柄にしようと岡安さんが採った手法は、水道の蛇口から落ちる水を動画撮影してトレースすることだった。巾60ミリ×高さ2ミリの5つのパターンを作成した上で、それらが自然に見えるようにExcelを使って並べていった。
「雨を観察するとまとまったり、ばらついたりしています。そういう自然なランダムさを目指しました。柄が隣り合うことも許容して、全体として乱れて見えるように」。

「階調」RE53035(横貼り)
「階調」 RE53035(横貼り)

風景の光を抽出する

小さな四角が不規則に集積する「光の破片」。同系色のようでいて、時折、黒色や地の色の反対色が点在する。「これは風景なんです」と岡安さん。奇想天外のようでいて、そこにはロジックがある。窓の外から見える景色の画像を極端にピクセル化して6.7ミリ角にし、フィルターによっていくつかの色を抽出、それらの色の比率でピクセルを再配置したのだ。
「最初は方眼状で考えていたのですが、単純になりすぎるので、地の色を設定して空白地帯をつくって、バランスを考えてピクセルを配置していきました」。

早暁
夜

早暁や夜といったように、風景をソースとしていることもあり、大きな面で貼ると立体感を感じさせる。それとともに風景を室内に取り込むというストーリー性も生まれた。

「光の破片」RE53036
「光の破片」 RE53036
「光の破片」RE53037
「光の破片」 RE53037

住宅スケールの解像度

「グラフィックの仕事は専門外ですから、楽しい経験でした。それに住宅というスケールで物事を思考することは、商業空間や公共施設での200メートルや1キロメートルといった距離感とも違っていて、2〜3メートル先に解像度が生まれるという、これまでにない感覚で新鮮でした。慣れないことだから、オフィスに試作品を貼って、その前を行ったり来たりして角度を変えて何度も見たり、時折目をつぶって残像をリセットしたり……」。
2021年から「サンゲツ壁紙デザインアワード」の審査員も務めており、そこでも今回の経験が生かされているという。応募作に対して、「実現可能性が低い」から評点を与えないといった具合だ。とはいえ、「どちらかというと刺激の強いもの、気づきのありそうなものを選んでいます」。岡安さんならではの審美眼が発揮されている。

OUR VIEW POINT
フィジカルに情感を表現する

常識を超えたアプローチ、緻密なデザインに
驚きと気づきがありました。

― 小椋淑恵

  • 常識を超えたアプローチ、緻密なデザインに
    驚きと気づきがありました。

    ― 小椋淑恵

  • 小椋淑恵 Miki Sato

    小椋淑恵Yoshie Ogura

    株式会社サンゲツ
    インテリア事業本部壁装事業部
    商品開発課

— 岡安さんに壁紙のデザインを依頼しようと思ったきっかけは?

小椋:ここ数年くらい、「どういう空間にしたいか」イメージすることを目標にしていました。空間には床、壁、天井以外に、家具などの調度類もあります。これまでにファブリックと壁、床と壁というかけ合わせはやってきましたが、照明はありませんでした。壁紙そのものにも色柄はありますが、照明と一緒に考えることで、新たな表情が見せられると思ったんです。
岡安さんは、照明デザインだけでなくインスタレーションも手がけられており、おもしろい提案になるに違いないと、コンタクトを取りました。実際に、たくさんのアイデアに溢れていました。ただ、「リザーブ」は住宅がターゲットで、価格帯も上限があり、アイデアの絞り込みには苦慮しました。

  • — 見本帳にはすでにたくさんの種類の白がある中で「白」をテーマにするにあたり、躊躇はありませんでしたか?

    小椋:白は空間に広がりをもたらすこともあり、人気の高い商品です。とはいえ、さらに白を増やすにはそれなりの理由が必要でした。岡安さんは、黄みがかった白に違和感を抱いておられましたが、裏打ち紙や発泡剤に由来していることもあって、われわれはそれを当然のこととして疑うことはありませんでした。むしろ落ち着いたやさしい白という認識でした。ですが、岡安さんの「振り切った白こそが基準になり得る」という説明を聞き、これまでに触れたことのない考え方でしたが得心しました。

— 「階調」は思いがけない手法でデザイン画が完成していましたね。

小椋:絵を描くタイプのひとからは出てこない、極めて数学的でデジタルな手法でした。しかも理論だけでなく、ていねいに実証してくださる。上下の貼り分けに関しても、白×黒、ライトグレー×黒、ダークグレー×黒など、多数の模型をつくって、見え方を提示した上で、コントラストが強すぎると心地よくないと説明があり、それがあって濃い方の色をグレーに決めました。

「階調」の貼り分けスタディ模型

  • 今回の見本帳では、初めての試みがありました。照明を点灯した夜のシーンを掲載したのです。これまで写真とサンプルの色が違うというのはタブーでした。でも「光によって色は変化する」という岡安さんの言葉に勇気づけられました。ちなみに日中のシーンに猫が写っているのも、「動きを表現するものとして猫を入れてほしい」という岡安さんたってのリクエストでした。

    — 「光の破片」はテーマとしては情緒に溢れていましたが、やはり幾何学的でしたね。

    小椋:当初のデザイン案では、完全なグリッドで整然と色の四角が並んでいましたが、若干の伸縮性がある塩化ビニルで、色数も多いので印刷時の色のズレの許容範囲におさまらないこと、施工時に壁紙のジョイントが難しいという問題をクリアしつつ、コンセプトに沿ったデザインとなりました。

    — 岡安さんとのコラボレーションはいかがでしたか?

    小椋:わたしはグラフィックデザインを学んできましたし、長年、壁紙開発に取り組んできましたが、岡安さんは常識を超えた思いがけないところからアプローチされる。その話の展開にあっけにとられました。岡安さんの仕事ぶりに触れて、勉強することはまだまだある、という気づきがあったことは大きいですね。今後の開発に生かしていきたいです。

  • 今回の見本帳では、初めての試みがありました。照明を点灯した夜のシーンを掲載したのです。これまで写真とサンプルの色が違うというのはタブーでした。でも「光によって色は変化する」という岡安さんの言葉に勇気づけられました。ちなみに日中のシーンに猫が写っているのも、「動きを表現するものとして猫を入れてほしい」という岡安さんたってのリクエストでした。

  • — 「光の破片」はテーマとしては情緒に溢れていましたが、やはり幾何学的でしたね。

    小椋:当初のデザイン案では、完全なグリッドで整然と色の四角が並んでいましたが、若干の伸縮性がある塩化ビニルで、色数も多いので印刷時の色のズレの許容範囲におさまらないこと、施工時に壁紙のジョイントが難しいという問題をクリアしつつ、コンセプトに沿ったデザインとなりました。

    — 岡安さんとのコラボレーションはいかがでしたか?

    小椋:わたしはグラフィックデザインを学んできましたし、長年、壁紙開発に取り組んできましたが、岡安さんは常識を超えた思いがけないところからアプローチされる。その話の展開にあっけにとられました。岡安さんの仕事ぶりに触れて、勉強することはまだまだある、という気づきがあったことは大きいですね。今後の開発に生かしていきたいです。

PRODUCT DETAIL

繊細さと大胆さに極限まで挑戦する

塩化ビニルの壁紙の厚みは1ミリに満たない。裏打ち紙を除くと表層は0.4ミリほどだ。その薄さの中で色、柄、エンボスによってさまざまな表情が施される。「純白」「純黒」は顔料など添加剤の限界に挑戦。「階調」と「光の破片」は、“自然なランダム”を意識してパターンの配置を入念に調整した。

純白(じゅんぱく)

[製造のポイント]
塩化ビニルを基材としたPVCクロスの樹脂層は白だが、壁紙の裏打ち紙は卵色で、それが表に響いて黄みを帯びた白になる。それを抑えるために、原料に白顔料の酸化チタンや蛍光増白剤を混入している。酸化チタンは、プリントする色柄を正確に再現する用途として、ほとんどの壁紙に添加されており、不透明(隠ぺい性)の度合いを上げるのが目的で、新商品として開発した「純白」2点にはこれまでで最大量を添加している。蛍光増白剤は黄みを打ち消してクールな印象にするためだ。

  • 白顔料の原材料となる純粋な酸化チタンの粉末(右)と、それに油分を混ぜて液状にしたペースト(左)。ペーストの方が混ざりやすいが、生産する商品・工場に合わせてどちらも使われる。
  • 蛍光増白剤は、蛍光イエローのような白。
「純白_RE53027」に添加する青顔料。蛍光増白剤により生じる赤みを打ち消すために、ごく微量加えている。「白」の範囲での微細な調整は難易度が高く、メーカーで試作を繰り返した。
右2点が今回新たに開発した「純白」。右/「RE53026」は、少し赤みを帯びている。中/「RE53027」は青みの方向だ。左/既存の商品ではあるが、「純白」をテーマに開発をする際にエンボスベースとして理想的だと選ばれた、ほどよくフラットな表面テクスチャを持つ「RE53141」も「純白」シリーズ。黄みの白として生かした。巾92センチ。

純黒(じゅんこく)

[製造のポイント]
顔料は黒のみで、原料に添加できる最大の量となっている。ただし、塩化ビニルの特性上すべての光は吸収できない。そこで、エンボスと表面処理剤で工夫を凝らしている。できるだけ細かく刻んだエンボスで、さらに複雑な反射となるように表面処理剤を施している。

「純黒」のエンボスは2種。左/石目調の「RE53033」。右/織物調の「RE53030」。
黒のほか、それぞれのエンボスにライトグレーとダークグレーがある。巾92センチ。
エンボス。左が石目調で右が織物調。その他多くの壁紙と比べて細かいエンボスを採用している。細かいエンボスの方が、光の減衰率も高い。写真提供/メーカー
表面処理剤の顕微鏡写真(×1000)。左が「純黒」で、右が通常品のもの。「純黒」のほうが粒の密度が高く、凹凸が多いことがわかる。写真提供/メーカー

階調

一見するとグレー単色のように見えるが、表面には雫模様が走る。雫は蛇口から落ちる水をトレースしているため自然なフォルムで、目にすっとなじむ。上下方向に模様は流れるが、貼り分けを想定しており、横貼りでは模様が横向きになってジョイントに違和感を感じさせない。模様は光沢のあるインクでロータリー印刷しており、少し盛り上がっている。光を照射すると微細な陰影が生じ、ニュアンスとなって複雑なテクスチャーとなる。

「階調」は2色展開で、グレーの「RE53035」と地が白の「RE53034」。巾92センチ、縦リピート32.1センチ。
左が「RE53035」、右が「RE53034」。遠目では単色のようだが、若干のニュアンスも感じられる。
「階調」のデザインの初期案。雫のデザインは5パターン。それらの組み合わせは、“自然なランダム”をめざして同じパターンが隣り合うことを許容しながら岡安さんがExcelで作成した。図はわかりやすくパターンごとに色分けしている。商品にする際にはここからさらに製作サイドで配置が調整された。
「光の破片」はどちらも5色のインクで印刷されている。左/夜の景色から色を抽出した「RE53037」。右/「RE53036」は早暁の色合い。巾92センチ、縦リピート32.1センチ、横リピート46.2センチ。

光の破片

風景の画像をピクセル化して色を絞り込んで再配置した「光の破片」。ピクセルのサイズは6.7ミリ。こちらもランダムさを重視して、ひとつずつピクセルの位置を調整している。ピンク地には彩度の高い水色や黒色、白も含まれており、青地にはオレンジ色が効いている。東京タワーから拾い出した色だという。

左が「RE53037」、右が「RE53036」。ピクセルの集積は点描画のようで、近づいたときと離れて見たときでは印象が異なる。
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