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モノづくりストーリー MONOZUKURI STORY

STORY#07

壁紙が、知的好奇心をくすぐる

STORY#07 壁紙が、知的好奇心をくすぐる

国立科学博物館の所蔵品が壁紙になった。同館が所有する膨大な標本や資料から研究者の監修のもとセレクト、サンゲツが壁紙として制作した「DAY AND NIGHT SCIENCE MUSEUM」シリーズである。モチーフは、海棲哺乳類、陸生哺乳類、植物、岩石、恐竜、鳥類、鉱物の7種。地球の長い歴史によって誕生したさまざまな生物・鉱物のリアルな表情を学術的に担保しながら、インテリアとしてのデザイン性も備えた新しい壁紙である。住宅に取り入れることで、日々の暮らしに“知的好奇心”という付加価値を生み出していく。
写真/森田大貴(*をのぞく)
※本ページの掲載情報は取材当時(2024年4月)のものです。

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PROJECT
日常に新たな発見とデザインの楽しみを

きっかけは“新しい生活様式”の浸透

きっかけは、感染症拡大による“新しい生活様式”の浸透だった。国内では外出もままならず、「おうち時間」の需要が高まった。サンゲツではそんな時代に寄り添った商品開発ができないかと模索し、「日常のなかで新しい発見が得られる新たな試みを」、という指針を打ち出した。
コラボレーション先を検討していくなかで挙がったのは国立科学博物館だ。地球の神秘を解き明かす国内屈指の学術的価値を、自宅で擬似的に体感できるコンテンツを生み出せないか。国立科学博物館の展示品は、インテリアとの親和性も高いとサンゲツは踏んだ。さっそく打診したところ、集客が困難な時期ということもあって理解が得られ、コラボレーションが決まったのである。

国立科学博物館で人気の高いミュージアムグッズに、クジラやイルカといった海棲哺乳類のポスターがある。世界中の海域に生息する約90種が整然と、そしてぎっしりと並んでいる。海岸などに打ち上げられた海棲哺乳類を調査の一環で計測・観察して得られた形や色、特徴の情報をもとに、職員の手によって忠実に模写されたものだ。
まずはこれらを軸に壁紙へ展開しようと、コラボレーション・プロジェクトが始まった。

国立科学博物館で販売されている海棲哺乳類のポスター(画像提供:国立科学博物館)。*

モチーフとするべく最初に取り上げたのは、海棲哺乳類をはじめ、陸生哺乳類植物岩石の4種である。それらの壁紙を発売したところ想定以上に大きな反響があり、このたび、恐竜鳥類鉱物を新たに開発した。国立科学博物館に所属する各分野の研究者に話を聞きながら、モチーフについて深く掘り下げていった。

学術的な価値をインテリアとなじませる

「鳥類」の剥製を国立科学博物館内で撮影しているところ。*

国立科学博物館とのコラボレーション壁紙の魅力は、知的好奇心をくすぐられる点だ。それは各モチーフに対する確かな裏付けがあるからこそ。商品開発においてはインテリアとしてのデザイン性と学術性のバランスを取りながら行った。

国立科学博物館の所蔵品をモチーフにするにあたり、サンゲツが大切にしたのはリアルであること。たとえば、陸生哺乳類や鉱物は研究者が記録撮影したデータを用いており、鳥類は館内に展示されている剥製から生命の営みを感じさせる個体を選んで撮影している。

デザインするときには、サイズバランスに気を配り、実際のサイズをもとにスケール感を揃えた。海棲哺乳類にはスケールバーも添えている。さらに、これまでの壁紙にはなかった要素として文字情報を加えた。海棲哺乳類には和名・英名・学名を日本語と英語で併記しており、岩石や鉱物には石種の和名・英名と産地、恐竜には生息していた時代とサイズも明記。これらがエンドユーザーにとっての学びのきっかけとなることを期している。

「海棲哺乳類」。

「岩石」。

指針のもうひとつの柱はインテリア性。モチーフを規則的に羅列するのではなく、物語を感じさせるようにレイアウトしている。
たとえば「海棲哺乳類」は、「大海を優雅に泳いでいるように」というコンセプトのもと、いちばん大きなシロナガスクジラの位置から決めて、大小バランスよく配することに。ハーフステップ(タテリピートの寸法を半分ずらして柄を合わせること)にすることで、壁に貼ったときにダイナミックな動きを見せる。「陸生哺乳類」も、頭の方向を揃えてあたかも「行進しているように」見えることに注力した。パリの自然史博物館「進化の大ギャラリー」へのオマージュでもある。

「海棲哺乳類」の壁紙をハーフステップで貼った様子。*
「陸生哺乳類」は、124㎝でリピートしたものを横使いにするのが特徴。*

「植物」は、日本固有の2000種から、美しい姿をしている9点を厳選してレイアウト。よく見ると台紙の影があり、浮いたり、ゆらいでいるようにも感じる。いかにも標本を壁に貼ったかのような自然な姿だ。制作においては、塗装したボードにコピー用紙を貼り、それに風を当てて動きをつけながら撮影した画像をベースに、国立科学博物館が所有するおし葉標本のスキャン画像を重ね合わせているのである。

「植物」は標本の影により立体的に見える。*
標本をリアルに見せるための台紙の撮影。*

「恐竜」に関しては、『学研の図鑑LIVE 恐竜新版』(Gakken、2022年刊)が元になっている。同書の総監修は国立科学博物館の研究者。近年発見された恐竜や、これまで認識されていた情報がアップデートされるなど、最新の約420種がCGでリアルに復元して掲載されているのが特徴である。壁紙のデザインにおいては、巨大で首が長く、他の恐竜とプロポーションが異なるブラキオサウルスを起点にレイアウト。海棲哺乳類の壁紙同様にハーフステップで、いまにも動き出しそうな姿を表現している。

「恐竜」は図鑑で使用したCGデータをレイアウト。*
『学研の図鑑LIVE 恐竜新版』©Gakken。*
「恐竜」は図鑑で使用したCGデータをレイアウト。*
『学研の図鑑LIVE 恐竜新版』©Gakken。*

トレンドを意識したベースの色

モチーフの背景の色もインテリアのトレンドを意識して取り組んだ。
「植物」のベースはグレイッシュなグリーンを採用。「鳥類」は彩度を落としたブルーグリーンにしており、逆に鳥たちの色は彩度を上げて浮かび上がらせている。「鉱物」は、鮮やかな石の色を全面に打ち出すために、背景を黒で検討していたが、壁紙としてのチューニングから、スモーキーなグレーをセレクトした。

「植物」。*
「鳥類」。*
「鉱物」。*

OUR VIEW POINT
密なやり取りで説得力のある仕上がりに

リアリティを全面に打ち出したことで、
幅広い層の心をつかむ壁紙となりました。

― 平本恵理

  • リアリティを全面に打ち出したことで、
    幅広い層の心をつかむ壁紙となりました。

    ― 平本恵理

  • 小椋淑恵 Miki Sato

    平本恵理Eri Hiramoto

    株式会社サンゲツ
    スペースプランニング部門 壁装ユニット
    商品開発課

  • 国立科学博物館のミュージアムショップでも壁紙が販売されている*
  • — これまでにないモチーフですね。

    平本:このシリーズは、「海棲哺乳類」「植物」「陸生哺乳類」「岩石」を第一弾として、先行発売したのですが、従来と違って、ふだん壁紙に親しまれていない方々からの反応がありました。先生方と密にコミュニケーションが取れたことで、それぞれのモチーフの魅力を引き出せたことが功を奏したと思います。SNSでの拡散の度合いも大きく、とくに「岩石」は宝石デザイナーの方の発信で話題になっていたのは驚きでした。また、国立科学博物館のミュージアムショップでは2.5mにカットしたものを販売しているのですが、展示を見て高揚した気持ちとともに持ち帰りたいと思えるアイテムとして人気があるようです。実際に壁に貼った様子をSNSでアップされた方もおられました。

  • — 子どもだけでなく、大人にも響きますね。

    平本:知育壁紙の分野では、アルファベットやかわいらしいキャラクターなどが定番のデザインでした。そうした背景からも、発売前は商品開発部内で意見が分かれたんです。しかし、国立科学博物館という学術的な確かさはバリューになって、ユーザーの心をつかむはず、と確信していましたし、並行してプロモーションにも力を注ぎました。制作とプロモーションで互いにフィードバックしながら完成させてローンチしたところ、とても反応がよく胸をなでおろしました。当時、国立科学博物館のクラウドファンディングが話題となったこともあり、商品そのものが注目される機会が増え、追い風となったと思います。

  • 国立科学博物館ラウンジにも壁紙が貼られており、来場者から好評*

— 国立科学博物館にはもっとモチーフとなるものがありそうですね。

平本:国立科学博物館には、動物、植物、地学、人類、理工学の5つの研究部と筑波実験植物園と附属自然教育園があり、それぞれの部署で所有する標本や資料は膨大な点数と聞いています。モチーフとなるものはまだまだあると思います。今、次の構想もあたためているところです。
想像以上の反響は、デザイン性によるところが大きいと思っていたのですが、壁紙に興味を持ってくださった方々のなかには、海棲哺乳類や植物といったモチーフそのものに関心のある、いわゆるプロフェッショナルの人たちの存在を確認できたこともあり、再現性には注力していきたいと思っています。

— 今回の壁紙制作で得たことはありますか?

平本:これまでは、花柄といえば花を抽象的に捉えてデザインしてきました。ところが最近では、どの業界でも確かな出自や履歴といったトレーサビリティが問われます。今回の壁紙は、学術的な裏付けがあるからこそ、コンセプトに深みが増し、デザインの端々にまで正確さが行き渡り、説得力をもたせられたと思います。先生方の監修のおかげで発見があり、視野が広がりました。
建築設計やインテリアデザインのプロだけでなく、エンドユーザーにも響く、新しい軸が加わりました。こうしたチャレンジができる土壌がサンゲツにはあり、これからますます育んでいきたいと思っています。

PRODUCT DETAIL

仕上がりの明暗を分ける印刷技術

モチーフの選定やデザイン、学術的表現のほか、今回のコラボレーション壁紙の制作で要となったのは印刷である。各種モチーフを忠実に再現するためには色彩が重要だ。また、学術名などを添えるにあたり、文字がはっきりと読めるよう工夫も必要となった。そのためには高度な印刷技術が必要不可欠だったのである。

塩ビ壁紙の印刷は、塩化ビニル樹脂が主成分の原料を紙に塗布したもの(原反)に絵柄を印刷、加熱による発泡とエンボス加工をして仕上げる。印刷は版(ハンコのようなもの)にインクを載せて原反に転写する。フルカラーの場合の印刷は、基本的にCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック)に版を分けて、各色を重ねて印刷するのが一般的である。

ビニル壁紙の特性をふまえた工程

1 印刷用の版に分ける

デザイン画はRGB(レッド、グリーン、ブルー)形式なので、まずは印刷用にCMYK形式に変換する。
[製作の工夫]
・CMYKにすると若干彩度が落ちるため、彩度を調整する。
・高速印刷で版を重ねたときのズレが目立たないように、モチーフの輪郭をぼやけさせる。
・モチーフの影は少し強めている。影が薄いとフラット気味になるからだ。エンボスの凹凸で影の形がくずれないようにという配慮でもある。

左/RGB形式の「鉱物」のデザイン画を出力したもの。光沢紙にプリントしていることもあり、各モチーフの彩度が高い。中/CMYK形式に変換、調整したデータのシミュレーション出力。国立科学博物館の先生のチェックを受けて、レイアウトやモチーフのサイズ変更もなされた。右/実際の壁紙。モチーフそのものの彩度は下がったが、背景となるグレーが赤みを帯びていることで鮮やかな印象を受ける。

2 特色の決定と調整

デザイン画に合わせて、版ごとの色を検討する。完成形を想像しながら、生産性も加味して詰めていく。
[製作の工夫]
・「鉱物」は基本的なCMYKではなく、Kは真っ黒よりは若干グレーであり、Yには赤みを加え、Mは黄みにして工夫している。
・「海棲哺乳類」は、ダルトーンのグレー、グレイッシュなブルーとイエローの3色。

「鉱物」。
「海棲哺乳類」。左端のカラーバーが印刷に使われるインクの色。

3 文字表現の調整

文字が小さすぎると印刷時や発泡工程で潰れてしまう可能性があった。そのためデザイン画よりも少し大きくしている。
[製作の工夫]
・「鉱物」の背景は濃いグレーで、文字は白抜き。それでも視認できるように、できるだけシャープになるようにエッジを調整している。

文字が正確に読めるように、デザイン画よりも少し大きく調整した。

4 背景(地色)の微調整

背景(地色)がベタの場合、高速印刷でも安定して印刷できるように調整している。
[製作の工夫]
・「鉱物」の背景は、黒100%ではなく、60〜70%程度に落としてグレーに。
・「海棲哺乳類」は白に見えて、実は砂目といって小さな点が散りばめられている。これは印刷機の特性で、インクが載らないところ(白になる)が続くと、モチーフの境界部分から黒い筋が引くことがあり、それを避けるための工夫である。

5 ベビーサンプルで色の方向性を確認

今回のモチーフは色の振り幅が大きかったため、色調整が難しそうなモチーフを集合させたベビーサンプル(尺角ともいう)で確認。「鉱物」と「鳥類」は、3パターンを作製した。エンボスにより表情が変化するので、エンボス加工も施している。
[製作の工夫]
・「鉱物」は、A:ベーシック、B:赤みを強くしたもの、C:青み方向のものを作製。とくに紫系の色が転びやすく(色の変化が激しく)、ぶどう状の石を基準としながら、全体の色のズレ幅の小ささを見ながらBをセレクトした。
・「鳥類」は、A:ベーシック、B:赤みを抑えたもの、C:Bより赤みを抑えたものの3タイプ。こちらはフラミンゴの脚に注目して、赤みを抑えたBに決定した。

「鉱物」のベビーサンプル。真ん中がベーシックで、右がB、左がC。ぶどう状の石を見ると色の違いがわかりやすい。
「鳥類」のベビーサンプル。左がAで、中がB、右がC。Cは地の色も青みを少し強めている。フラミンゴの脚とオオルリの羽が対極の色であり、両者のバランスが難しいところだった。

TOPPANが3種の印刷を担当

TOPPAN株式会社では、「DAY AND NIGHT SCIENCE MUSEUM」シリーズのうち、「海棲哺乳類」、「鉱物」、「鳥類」の印刷を手がけている。

右/簀戸(すど)香織さん(生活・産業事業本部 環境デザイン事業部 マーケティング戦略本部 デザイン企画制作部 国内デザインチーム)。「難しい宿題でしたが、ほかのスタッフも興味津々で見守っていました。育てるのに苦労した子ほどかわいいといいますが、色調整が難しかった『鳥類』が気に入っています。当初は奇抜な印象でしたが、だんだん薄れていきました」。

左/佐藤有紀さん(生活・産業事業本部 環境デザイン事業部 第二営業本部 第一部 第一チーム)。「建材では彩度が低いものが一般的なため、彩度が高い色出しは我々としても挑戦でした。今回は、羽毛など細密なところもあり、潰れないように再現するために気を配りました。『鉱物』はどれもが見たことのない石でしたので、本物を触ってみたいです」。

※壁紙「DAY AND NIGHT SCIENCE MUSEUM」の売上金額の一部は、国立科学博物館の活動の資金となります。