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モノづくりストーリー MONOZUKURI STORY

STORY#03 <前編・固定されない壁紙>

アワード受賞作を壁紙に

STORY#03 <前編・固定されない壁紙>

2017年からスタートした「サンゲツ壁紙デザインアワード」は、空間をグレードアップする新しい発想の壁紙デザインを公募するアワードだ。テーマとして、サンゲツのブランドステートメントでもある「Joy of Design(デザインするよろこびを)」を掲げ、建築家やインテリアデザイナーだけでなく、異分野から、また学生から、と幅広く作品を募っている。国内外も問わない。
その第1回に優秀賞を受賞した作品「固定されない壁紙」を大賞作品とならび商品化し、今年1月に発刊された壁紙見本帳『2020-2022 FAITH(フェイス)』に収録した。デザインを手がけたのは、化粧品ブランドでデザイナーとして活躍する磯部真吾さん。その創造の源、思考の流れ、また壁紙として展開していく過程などを伺った。
写真/森田大貴

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PROJECT
見る人の創造力を刺激する壁紙を

「何だろう?」と見る人に考えさせる、
余白のあるデザインにしたい

― 磯部真吾

  • 「何だろう?」と見る人に考えさせる、
    余白のあるデザインにしたい

    ― 磯部真吾

    磯部真吾さんは、ふだんは化粧品のパッケージデザインをメインに、イベントやディスプレイのディレクションなどに従事しており、折々に国内外のアワードにエントリーしているが、「個人として、しかも異分野で応募するのは初めて」と話す。

  • 磯部真吾 Shingo Isobe

    磯部真吾Shingo Isobe

    1988年静岡県生まれ。2010年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業、同年ポーラ化成工業株式会社入社。13年株式会社ポーラに出向、現在に至る。パッケージデザインを中心に、ポーラのクリエイティブ全般に関わり活動を行う。代表作に「B.A グランラグゼⅢ」、日本パッケージデザイン大賞2015 大賞「オードフルール」。

「生活をするなかで『はっ!』と思う、アイデアの起点となるモノやコトが脳裏に浮かんだ瞬間にワクワクしたり、楽しくなるのではないでしょうか」。その考えは、仕事でも発揮されている。「昨年11月に発売したポーラの最高ランクに位置づけられたシリーズの美容液は、知的好奇心をコンセプトに立てました。脳が好奇心をキャッチすると肌の弾力がアップするという科学的側面からアプローチしたのです。アワードのテーマの『Joy of Design』に対しても、既成枠にとらわれないイメージを持ってデザインに取り掛かりました」。
タイトルの「固定されない壁紙」もコンセプチャルで、挑戦的とも取れる。「壁紙は“固定されている”ものですが、そのアンチテーゼになるものにしよう、という思いもありました。フォービズムの画家、アンリ・マティスの作品『ジャズ』というシリーズは、『これは何だろう?』と考えさせる振り幅があります。同様に、見る人の感性によって解釈が異なるようなデザインにしたい。実際に、今回のモチーフは、自身では花っぽいと思っていたのですが、知人に聞くと、蝶や羽根、貝、雲などと感想はさまざまでした」。

  • B.A グランラグゼⅢ(ザ サード)
  • B.A グランラグゼⅢ(ザ サード)
磯部さんがデザインを担当した美容液「B.A グランラグゼⅢ(ザ サード)」は、スペインの建築家アントニオ・ガウディが活用したカテナリー曲線という放物線、螺旋を描くひまわりの種子が例に挙げられることの多いフィボナッチ数列を掛け合わせ、オブジェのようなドームを造形。パッケージの開け方にも工夫を凝らし、胸を躍らせることで、さらに好奇心を掻き立てるものにした。「この壁紙にも通じるコンセプトだと思います」。

自然に湧き上がってきた美しいもの

原画の繊細なタッチは、筆と絵の具で描いているという。「書道家になった気分で筆を走らせました」。サイズは6〜7センチほどで、いろんなパターンをつくり、それをスキャンしてパソコンに取り込み、あとはデジタルで調整。とはいえ「手を加えるのは最小限に、できるだけ自然に生まれてきたものを活かしています。ちょっと納まりが良くないとところがあっても、それが植物っぽさを誘う。不完全な状態だからこそ、自然の美しさになると思ったんです。だから自分のフィルターはできるだけ抑えました」。

応募時のパネル 応募時のパネル。「壁の前に置いたデスクに向かい、そこでいろいろと思考を巡らしているシチュエーションをイメージしました」(磯部さん)。

かな文字やポップアートのような大胆さ

「応募作はイメージビジュアルという感覚でしたから、モチーフはかなり自由にレイアウトしました。当時、ミラノサローネをはじめとした海外の国際展示会では、“日本”がトレンドのひとつという声があって、それも意識したんです。とくに“間”の取り方。日本の書画の特徴である、余白や、モチーフとモチーフの大胆な距離感です。それはマティスの絵にも共通するものがあります」。
しかし、壁紙はロールで製作されることがほとんど。印刷の制約から必然的にリピートが発生する。パッケージやポスターなどの印刷物とは異なる点だ。「リピートという感覚はなかったんですよ」。そこで、最初のデザイン画よりもさらに余白を取るように手を入れていった。「でも余白によって流れができる。モチーフの角度も含め何度もシミュレーションして、リズムはあるけれどランダムに見えるように、微妙な加減でアレンジしていきました」。

  • パッケージとは異なる印刷技術

    これまで仕事で印刷に親しんできた磯部さんだが、壁紙となると勝手が違った。とくにインクの扱い。「光の当たり方や見る角度で表情を変化させたくて、微妙な光沢感の刷り銀を希望したのですが、壁紙では不可とのことでした」。それに対してメーカーのプリンティングデザイナーは同じ効果が得られるパールを提案した。刷り銀よりも柔らかく、上品なエフェクトだ。試作を重ねて完成した商品を見て、「パールにして正解でした」と、その美しい仕上がりに磯部さんも目を輝かせた。
    「ここまで大きなグラフィックをアウトプットすることはなかったので、ロールの状態でいただいたときには感動しました」。また、業界外のアワードへの初応募で、優秀賞を受賞したことに対して、「審査員の方々の共感を得られ、自信につながりました」と話す。

  • コントラクト向けの壁紙見本帳『FAITH 2020-2022』に掲載された「固定されない壁紙/TH30638」。 コントラクト向けの壁紙見本帳『FAITH 2020-2022』に掲載された「固定されない壁紙/TH30638」。

OUR VIEW POINT
大胆な発想から生まれたやさしい表情

アワードの作品だからこその新鮮さがありました。
大きな壁面にやわらかな動きが生まれそうです。

― 吉田かおり

  • アワードの作品だからこその新鮮さがありました。
    大きな壁面にやわらかな動きが生まれそうです。

    ― 吉田かおり

    — デザインはどのように決めるのですか?

  • 吉田かおり Kaori Yoshida

    吉田かおりKaori Yoshida

    株式会社サンゲツ
    インテリア事業本部壁装事業部
    商品開発課 シニアエキスパート

吉田: 透明感があって、とてもやさしい印象を受けました。モチーフの配置に独特の“間”とバランスがあって、のびやかさ、スケール感もほかにはない感覚でした。審査員の方々も、そのセンスや感度に感心されていました。
「固定されない壁紙」というタイトルも浮遊感があって、斬新でしたね。ふだん壁紙の開発をしている私たちからは生まれてこない発想で、とても魅力的に映りました。

— リピートが125センチというのは、かなりの大柄ですね。

吉田: 当社で扱う壁紙の最大寸法です。そのなかでモチーフは5つしかありませんから、モチーフのサイズが大きくなるほど繰り返しの印象が強くなってしまうので、それがいちばんの課題だと思っていました。事前に出展した、BAMBOO EXPOという展示会に合わせて、いったん当社でリピートをデザインしたものを見ていただく機会がありましたが、今回の商品化に際して、さらにご自身の手でブラッシュアップしていただきました。

  • — 磯部さんはお仕事柄、印刷についてよくご存知だったでしょうから、やり取りはスムーズだったのでは?

    吉田: ところが、ビニルクロスとパッケージでは勝手が違っていて、磯部さんの考えていらっしゃる通りにはいきませんでした。ただ、めったにないことなんですが、メーカーさんと面と向かって打ち合わせすることで微妙なトーンやニュアンスのコンセンサスを取り、またアイデアを提示していただいたこともあって良い方向に進みました。とはいえ、磯部さんの印刷にかける思いは強く、試作は4回も! でも、回数を重ねるごとに質が上がっていくのが目に見えて、胸をなで下ろしました。

  • 磯部さんはお仕事柄、印刷についてよくご存知だったでしょうから、やり取りはスムーズだったのでは?

— アワード作品の商品化において、意識していることは?

吉田: ふだんからデザインや色、サイズ、機能など、さまざまなシチュエーションで使っていただけるように考えて壁紙の開発をしていますが、アワードの商品化のように作者がいるケースでは、デザインのコンセプトを汲み取り、いかに壁紙でその世界観を表現できるか、その方法も含めて制作に臨んでいます。
今回は、美しい色彩、ふわっとした浮遊感、間合い、微妙な加減を忠実に再現するため、また、大きなサイズが必要でしたので、業界の中でもトップレベルの技術で、大きなサイズの製作が可能なメーカーさんにお願いすることにしました。

*第4回「サンゲツ壁紙デザインアワード」は2020年7月1日から9月18日18時までエントリー受付中(提出物受付は9月30日まで)
https://www.sangetsu-award.jp

PRODUCT DETAIL

繊細なグラフィックで大判の壁紙

  • 花や貝、蝶や羽根など、自然から湧き上がってきたニュアンスのあるモチーフを、1リピートあたり5つを配した壁紙。その繊細なグラフィックの印刷を担当したのは、パッケージや建装材、半導体など、日本で指折りの印刷技術を誇るメーカーである。原画から壁紙へ、どのように印刷したのか、メーカーのデザイン担当者に語ってもらった。

  • [仕様]
    素材:塩化ビニル
    リピート:横92×縦125センチ
    カラー:特色3色+パール(オフセット印刷)
    エンボス:梨地

データから版を起こして壁紙用に

一般的に、フルカラーで印刷する場合は、CMYK(シアン・マゼンタ・イエロー・黒)の4色で再現する。各色の版(ハンコのようなもの)をつくり、インクを載せて紙や塩ビシートに転写し、版の数だけ重ねていく。今回は、特色というあらかじめ混色したインク3色とパール、計4つの版を用いた。

  • 1 データの変換

    応募時の原画のデジタルデータを、リピートする壁紙として成立するように調整した。

    [制作の工夫]
    オリジナルのイメージを損なわないように、バランスに注意しながら調整。それを原寸で紙にプリントアウトして磯部さんに確認してもらった。
  • 紙にプリントして、モチーフの配置などデザインの確認。応募時のグラフィックに比べると、モチーフ同士の間隔が大きくなっていることがわかる。 紙にプリントして、モチーフの配置などデザインの確認。応募時のグラフィックに比べると、モチーフ同士の間隔が大きくなっていることがわかる。

2 分版

特色3色+パールの4版に分ける。ベースとなる色は淡いピンクで、モチーフを濃淡2色のグレー、パールはモチーフに載せている。

[試作]
ベースのピンクは、淡いイエローとピンク、その中間の3色で検討。モチーフは2色のグレーのグラデーションで、強弱をつけた3タイプ。それらを組み合わせつつ、1回の試作で3〜4種類を提出した。
パールについては、ベースに載せるか、モチーフに載せるかの2パターンを試作した。磯部さんの「さりげなく、うっすらと」という意向から、モチーフにパールを載せることになった。さらに、パールのグラデーションにも磯部さんは細かく指示、反映された。
いずれにしても、全体に淡い、そしてニュアンスのあるグラフィックの再現には、ベースとモチーフ、またグレーの濃淡のコントラストやグラデーションに対して、こと細かな調整がなされた。4回もの試作は、通常の開発にはない回数だったが、それだけに磯部さんの意図を忠実に汲み取ることができ、完成度の高い仕上がりとなった。
ベースの色は、黄色系とピンク系、その中間となるサーモンピンク系で提案した。 ベースの色は、黄色系とピンク系、その中間となるサーモンピンク系で提案した。画像提供/メーカー
分版したものを、わかりやすく色分けしたもの。左/最終形。中/濃いピンクがグレーで表現される部分。右/ブルーのところにパールが載る。 分版したものを、わかりやすく色分けしたもの。左/最終形。中/濃いピンクがグレーで表現される部分。右/ブルーのところにパールが載る。単にグレー部分にパールを載せるわけではないので、磯部さんも熱心にチェック。実は、カラーバリエーションを念頭に、展開しやすさも考慮しながら制作したと、メーカーのデザイン担当者はいう。画像提供/メーカー
  • ベースにパール
    パールを載せる部分の試作は2パターンで、モチーフに載せることで決定。上/ベースにパール。
  • モチーフにパール
    下/モチーフにパール。パールを載せることによりモチーフの立体感が増し、明瞭になった。
パールを載せる部分の試作は2パターンで、モチーフに載せることで決定。左/ベースにパール。右/モチーフにパール。パールを載せることによりモチーフの立体感が増し、明瞭になった。
  • 照明や自然光、壁を見る角度によって、パールの光沢が変化する。
    照明や自然光、壁を見る角度によって、パールの光沢が変化する。
    照明や自然光、壁を見る角度によって、パールの光沢が変化する。
  • インクはデリケートな色彩の4色。淡いグレーの上のキラキラとした部分がパール。 インクはデリケートな色彩の4色。淡いグレーの上のキラキラとした部分がパール。

3 エンボス

エンボスは、100〜150種類(汎用的には20〜30種類)の再現が可能だが、モチーフの繊細なイメージを壊したくないとの思いがあり、最初の段階で、ベーシックな梨地で合意を得た。

  • 4 印刷

    刷る順番は淡い色からで、ピンク→薄いグレー→濃いグレーの順。最後にパールを載せることで、立体感を描き出している。

    [試作]
    高速回転するドラムで印刷するので、淡い色はインクが載りづらい傾向にあるが、インクがなめらかにつくように印刷機をチューニング。紙への印刷よりも、使用するインクの量は多くなる。
  • 印刷の様子。リピートが縦125センチの壁紙を印刷できる印刷所はほとんどないという。写真提供/メーカー 印刷の様子。リピートが縦125センチの壁紙を印刷できる印刷所はほとんどないという。写真提供/メーカー

互いへのリスペクトが高い完成度を導く

磯部さんは、仕事において印刷に日常的に触れており、チェックは入念だった。そのため、通常であればメーカーとサンゲツとの間で打ち合わせを行うところ、2度目の打ち合わせからは磯部さんにも同席してもらい、直接やり取りすることになった。とはいえ壁紙という、パッケージとは異なる分野であり、駆使する印刷技術も変わってくる。たとえば、ベースとなる素材が塩ビであり、耐候性や抗菌、防カビ、不燃など、該当する空間に滞在するひとへの安全性が求められる。また、大きな面積を覆い、距離をもって目に入ってくる壁紙は線数(印刷は点で表現されており、そのきめ細かさを表す尺度)が、手に取れるサイズの化粧品のパッケージよりも低い。それらに関しては、磯部さんも前向きに取り組み、互いのコンセンサスは得られやすかったという。
モノづくりに携わる者同士が真剣に向き合うことで、互いに満足のできるクオリティを実現することができた。