• 教育施設

“うなぎ”のグラフィックデザインが人と空間をつなぐ
慶應義塾大学 矢上キャンパス
「Yagami Innovation Laboratory」× ちえのわデザイン × サンゲツ

慶應義塾大学

  • イノベーションが加速する「共創」の場
  • サイン・グラフィック提案

Akihiro Itagaki (Nacása & Partners)

2025年4月、慶應義塾大学理工学部の矢上キャンパスに、新たなイノベーションの拠点「Yagami Innovation Laboratory(以下YIL)」が誕生した。
「未来のコモンセンスをつくる研究大学」の実現に向け、多様な人が集い、議論し、学び、挑戦するためのプラットフォームだ。ガラス張りの開放的な空間はキャンパスに開かれ、研究室や学年の枠を超えた交流を生み出す、新たな“居場所”として機能している。

この空間の魅力を語る上で、サイン・空間グラフィックの果たした役割は大きく、施設全体の印象を形づくる「うなぎ」をモチーフにしたデザインは、訪れる人々に親しみと新鮮な驚きを与えている。

今回、そのサイン・空間グラフィックを手がけたのが株式会社サンゲツとちえのわデザインのチームだ。プロジェクトに関わった桒野さん(慶應義塾大学 管財課)、諏訪さん(同大学 学術研究支援課)、グラフィックデザイナーの中尾さん(ちえのわデザイン)、そしてデザインディレクションを務めた小平(株式会社サンゲツ)に、デザインの舞台裏を聞いた。

“YIL=イール”からはじまった、遊び心あるアイデア

桒野(慶應義塾大学)
「Yagami Innovation Laboratory」、通称“YIL”という名称が決まった際、担当教員から「YIL(ワイ・アイ・エル)って“イール=うなぎ(Eel)”とも読めるよね」という話が出たのがきっかけなんです。建設地は非常に細長く、機能面が懸念されるほど特徴的な場所でした。だからこそ、この“うなぎの寝床”のような形状を逆手にとり、いかに親しみや興味を持ってもらえる場所にできるか。「うなぎ」というキーワードが自然と愛称となって、学生や教職員にとって身近な存在になってほしい。そんな想いから、これを空間づくりの軸にできないか、というアイデアが生まれました。
中尾(ちえのわデザイン)
最初に「うなぎ」というキーワードを聞いたときは、理工学部の研究拠点というイメージとの少し意外な組合わせに驚きました。ですが、お話を伺ううちに、最先端の研究を行う場所だからこそ、柔軟な発想や人が集まることの重要性があるのだと感じました。その開かれた雰囲気を言葉だけでなくヴィジュアルとして可視化できたら、YILらしさになるのではないかと思い「うなぎ」をモチーフとしたグラフィックを提案しました。

サインが育む、居心地と対話の場

諏訪(慶應義塾大学)
YILは、学生や教職員、誰でも居心地よく集まり、つながり、何かが起こり、それが広がっていく……そんな場所になるような仕掛けが散りばめられています。 実際にイベントや普段話をしている利用者の様子をみていると、固くなりすぎずに、表情がやわらかい印象があり、自由な議論や発想の生まれる空間としての期待を感じています。
桒野
それには、サインやグラフィックが担う“雰囲気づくり”も大きく寄与していますよね。機能的でありながら、空間に遊び心や温かみを添える工夫が、この場所の空気感をつくっていると思います。掲示物を水平に貼りやすくするためのドット模様のように、機能と意匠を両立させる工夫も、その一環です。
小平(サンゲツ)
グラフィックをどれだけ柔らかくしても、空間の中で“居場所”として成立しないと意味がない。そう思って、学生や研究者がどんなふうに滞在し、どこで立ち止まるのか、行動を細かくイメージしながらサインのスケール感や配置を調整していきました。また、建築設計チーム側の意図をすり合わせつつ、うなぎグラフィックを打ち出せる面はどこになるか、きちんと空間を横断しているように見えるか、細かくスイッチ関係などの配置を整理し、できるだけうなぎグラフィックが表現できるように調整しました。

それぞれの視点が出会って生まれた、空間のかたち

小平
今回は建築・インテリアとサインにおいて、それぞれの専門性を活かす発注形式でした。そのため、インテリアデザインとはまた別の視点で提案できたことが大きかったです。中尾さんのように、グラフィックからプロダクトまで横断的に関われるデザイナーが入ったことで、空間にもうひとつのレイヤーを加えられたと思います。
ディレクターとして意識していたのは、大学とデザイナーの間に立ち、互いの意図を汲み取りながら、デザインを最適なかたちでつなぐことでした。
中尾
空間が比較的オープンで、どこからでも見通しが利く構成だったので、過剰なサインは必要ないと思いました。突き出したり吊り下がったりするサインはむしろ視界の妨げになります。そこで必然的に視界にはいってくる柱を活用することにしました。
今回のメンバーは初対面のときから、すごく話しやすい雰囲気で、打ち合わせもいつも和やかでした。建築や実際に運用にかかわるスタッフの方とも直接打ち合わせができたことで、オープン後の利用シーンを想定しながら、ブラッシュアップすることができました。

外へと開かれた、ハブとしての空間

桒野
YIL はこれから、産業界との共創や連携のハブとして、「自由に発想が広がる場」を目指し ています。
諏訪
普段から人が集まり、イベントもその場に居合わせた人が自然と耳を傾けられる気軽さや 曖昧さも、交流のきっかけになっています。企業との合同イベントなども実施しており、学 内だけでなく学外を含めたさまざまな立場や職種の人々との交流も生まれています。
桒野
ファサードはガラス張りで開放感があり、イベント時にはテラスまで使って空間が外ににじみ出ます。建物自体のシャープな印象に対して、サインは有機的で柔らかく、その対比も絶妙です。色調にも工夫が凝らされており、モノトーンをベースにはしているのですが、ポイントで慶應義塾大学のブランドカラー(イエロー、ブルー、レッド)の一色であるイエローをアクセントとして取り入れています。

YILという“キャラクター”をつくる力

桒野
中尾さんはステッカーやクリアファイルなどの、ノベルティに展開できるロゴのバリエーションまで考えてくださって、サインの域を超えたご提案をいただきました。
中尾
今回、空間とブランドのツールなどを監修しているのが同じメンバーだったので、パンフレットやポスターにも2階の壁紙の色と共通したイエローを使うなど、相互にブランドイメージを意識して展開することができました。。YIL 全体をひとつの“キャラクター”として感じ てもらえるように、ロゴとサインにも共通性を持たせています。細かなサインもアイデンティティの一つになり得ることを意識してデザインしました。
小平
YIL は、建築そのものが非常にシャープで静かな印象だったので、そこに少し“声”を与えるような存在として、サインやグラフィックが機能すると良いと思い、全体のディレクションを行いました。
諏訪
学生や教職員からの評判も良く、ゲストがいらした際の案内スポットや打合せ場所として も活用されています。「かっこいい」「居心地がよい」「なんかいい」といったきっかけから 繋がりが生まれる。デザインがそのきっかけ作りをしてくれていると感じています。
小平
今回のプロジェクトメンバーは、みなさんの距離感が近くて、立場に関係なく率直に意見を出し合える関係性がありました。それがデザインにもすごくいい影響を与えていたと思います。

“うなぎ”が起こす、未来の化学反応

桒野
夜の時間帯には、懇親会などでも利用しようと思っています。 YIL は夜のライトアップもすごくきれいなので、うなぎモチーフのサインがまたいい雰囲気を出してくれると思います。空間に余白があるから、何か新しいことを仕掛けたくなるんですよね。
諏訪
企業との合同イベントなども実施しており、少しずつですが、学外を含めたさまざまな立場や職種の人々との交流も生まれています。この場所から、想像もしなかったような新しいつながりが広がっていくことに期待しています。
中尾
最初は少し突飛かも?と思えるアイデアでしたが、それがクライアントにも受け入れられ、こうして実現できたことはデザイナーとして、とても嬉しいです。

サンゲツはこのプロジェクトで、ちえのわデザインという共創パートナーを得たことで、空間装飾にとどまらない、「人と人をつなぐグラフィックのあり方」を丁寧に紡いだ。素材メーカーの枠を超えた提案力は、今後の共創空間づくりにおいて新しい切り口での可能性を示している。

YILのプロジェクトは、建築・グラフィック・家具という異なる要素が、それぞれの専門性を持ち寄りながら進行し、最終的には一貫した空間の世界観をつくり上げた。

メンバー全員がコンセプトを深く理解し、まさにYIL が目指す姿のように、立場を超えて アイデアを出し合いながら理想とする空間を追求したからこそ、この空間が生まれたとい えるだろう。 “うなぎ”というユーモアあふれる着想も、そうしたチームの対話を経て、こ の空間にふさわしいデザインとして具現化されたのだ。

そしてこれからは、ここに集う人々によって、この施設の可能性はさらに大きく広がってい く。プロジェクトチームの手を離れ、今後は利用者が主役となって、この場所から新たなイ ノベーションを生み出していく未来が楽しみだ。

取材後、本プロジェクトのサインデザインが「第59回 日本サインデザイン賞」に入選したという嬉しい知らせが届いた。“うなぎ”というユニークな着想から生まれたデザインが、専門家からも評価されたことは、YILの取り組みが持つ魅力と可能性を改めて証明したといえるだろう。遊び心あふれるこの場所から、今後どのような化学反応が生まれていくのか、ますます目が離せない。

日本サインデザイン賞(通称SDA賞)は、公益社団法人日本サインデザイン協会が主催する日本で唯一のサインデザインを対象とした顕彰事業です。
株式会社ちえのわデザインが入選しました。

取材に協力いただいた4名。
打合せでは絶えず笑いが生まれ、チームワークの良さが印象的だった。右端の小平(サンゲツ)は、なんと“うなT”で登場(笑)。

左から中尾さん(ちえのわデザイン)、諏訪さん(慶應義塾大学)、桒野さん(慶應義塾大学)、小平(株式会社サンゲツ)

(2025年4月30日 YILにて)
※本記事の内容・肩書はすべて取材時点のものです

慶應義塾大学「Yagami Innovation Laboratory」 WEBサイト
https://yil.st.keio.ac.jp/

慶應義塾大学「Yagami Innovation Laboratory」 公式Instagram
https://www.instagram.com/keio_yil/

Yagami Innovation Laboratory (YIL)

Yagami Innovation Laboratory(YIL)|慶應義塾大学 理工学部

所在地・アクセス
神奈川県横浜市港北区日吉3丁目14-1 慶應義塾大学 矢上キャンパス内
最寄駅:東急東横線・目黒線/横浜市営地下鉄グリーンライン「日吉駅」徒歩約15分
面積・用途構成
延床面積:約575㎡(地上2階建)
- 1階: プレゼンテーションスペース、カフェスペース、ミーティングスペース(交流・集いのゾーン)
- 2階:研究実証フィールド(試作・探究のゾーン)
建築・設計の特徴
・ガラスファサードにより外部との視線を遮らず、活動が可視化された“開かれた建築”
・壁を極力設けず、仕上げ材や床レベルの緩やかな変化によってゾーニングを実現
・建築設計・インテリア・サインの異なる視点を掛け合わせ、それぞれの専門性をいかした自由な提案プロセスを採用
設計・施工
設計・施工:株式会社 安藤・間
空間グラフィック・サイン計画:ちえのわデザイン+株式会社サンゲツ
受賞歴
第59回 日本サインデザイン賞 入選
2025年度 グッドデザイン賞 受賞

取材協力者プロフィール

  • 桒野 恵美

    桒野 恵美

    慶應義塾大学 理工学部 管財課

  • 諏訪 かおり

    諏訪 かおり

    慶應義塾大学 理工学部 学術研究支援課
    YIL運営推進室 専門員

  • 中尾 千絵

    中尾 千絵

    ちえのわデザイン
    グラフィックデザイナー

  • 小平 剛

    小平 剛

    株式会社サンゲツ 空間総合事業部
    スペースデザイン部 東日本セクション

※所属・役職等は取材当時のものです

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