エントランスから続く開放的なラウンジや、ファミリー層にも使い勝手の良い和室など、空間の随所に利用者の視点に立った配慮がなされている。その実現の背景には、管理・運営・設計施工という異なる専門性を持つ3社の強力なパートナーシップがあった。
今回、プロジェクトを協業で推進した事業主・物件オーナーである不動産開発会社の加藤さん(株式会社南栄開発)、運営会社の澤田さん(株式会社リクリエ)、そして設計施工とデザインディレクションを手掛けた島津(株式会社サンゲツ)に、ホテル再生に込めた想いとこれからの展望を聞いた。
澤田(リクリエ):
佐賀県鳥栖市は、もともと九州の交通の要所として発展してきた地域です。鉄道の路線が交わり、高速道路のジャンクションも近い。近年では技術の進化によって、博多湾周辺にあった物流拠点が鳥栖へシフトしつつあります。 将来的には大手企業の工場移転も予定されていたりと、産業集積による街の活性化が期待されていますよね。
加藤(南栄開発):
そうですね。物流・産業・観光の全てにおいて、鳥栖は大きな可能性を秘めています。 福岡市内のホテル需要が高まり、宿泊費も高騰しているなかで、鳥栖は「利便性が高く、比較的リーズナブルなエリア」として注目を集めています。福岡、長崎、佐賀、熊本へもアクセスしやすいので、ここを拠点にした滞在ニーズは今後ますます増えていくはずです。
澤田:
だからこそ、当ホテルでは、ビジネス客だけでなくファミリー層やグループ利用も取り込みたいと考え、2階に4名利用の和室を6室設けました。オープン前から予約も好調で、単価も高い水準で推移しており、「もう少し部屋を増やしてもよかった」と感じているほどです。商業施設もたくさんあるエリアなので、これまで「買い物をして帰る」だけだったお客さまに、「泊まって遊んで帰る」という新しい価値を提案していきたいですね。
加藤:
今回のプロジェクトでは、そうしたポテンシャルを最大限にいかし、地域に根差しながらも新しいホテルの形を提示することを目指しました。ビジネスはもちろん、家族旅行やレジャーの拠点としても使える“CROSS BASE=交わる場所”として、地域全体の魅力を引きだす存在になることができればと考えています。
島津(サンゲツ):
デザイン面から見ても、鳥栖という土地には面白い可能性がありました。交通の要所でありながら、都市部のような過密感がなく、余白のある街並みが広がっている。 そこで、ホテルの内装もその空気に合わせて“開放感と柔らかさ”を意識しました。地方都市の新しいホテルモデルとして、利便性だけでなく「滞在の心地良さ」をどう表現するか。改装によって機能や意匠の最適化を図ることで、訪れる人が「また来たい」と思えるような空間づくりを目指しました。
加藤:
今回、設計から施工まで一貫して対応できる体制と、インテリアの総合企業としての高い専門性を持つサンゲツさんをパートナーに選びました。数ある候補のなかから選定した決め手は、技術力だけでなく、私たちの意図を的確に理解し、運営者や関係者と連携しながら柔軟に提案してくれる姿勢でした。 デザイン提案から素材選定、スケジュール管理にいたるまでスピード感があり、私たちが思い描くホテルの方向性をしっかり共有できたことが大きな要因です。トータルで信頼できるパートナーとしてご一緒できたことを非常に心強く感じています。
澤田:
サンゲツさんとは、以前からホテル運営者向けのセミナーなどで接点がありました。通常、運営代行会社と施工会社が連携するには“助走期間”のようなものが必要ですが、今回はすでに信頼関係があったため、スムーズにプロジェクトをスタートできました。 南栄開発さんが熊本を拠点とされていることもあり、九州全体を視野に入れた展開を考えるなかで、鳥栖という場所は理想的な“中心”でした。地場の特性を理解しながらデザイン提案を進められる点も、サンゲツさんの強みだと感じています。プロジェクト初期から、オーナー・運営・デザインの3者で密に意見を交わし、単なる改修ではなく「新しい拠点」を創る意識で進めてこれたのは、このチームならではの成果だと思います。
島津:
運営の方やオーナーさまの想いをどう形にするかが、今回の最も大きなテーマでした。私たちは初期段階から何度も打合せを重ね、ホテルの在り方や空間コンセプトを共有しながらデザインを構築していきました。 ハード面だけでなく、運営やサービスといったソフト面も含めた“体験価値”を一緒に考えながら進められたことが、このプロジェクトの大きな特徴です。デザイン提案に留まらず、「どうすればこのホテルが地域に根付き、選ばれる場所になるか」を3者で議論し続けた結果、納得のいく形に仕上がったと感じています。
加藤:
今回のような大規模なリノベーションは、私たちとしても初めての挑戦でした。新築と違い、既存の構造をいかしながら改修を行うため、解体して初めてわかる課題が数多くありました。 想定外の状況にも迅速に対応する必要があり、そのたびにサンゲツさんが柔軟に提案してくれたのが非常に助かりました。「ここは守備範囲外かもしれません」と言われてもおかしくない部分まで進んでカバーしてもらい、施工面だけでなくプロジェクト全体の調整役としても力を発揮してくれたと思います。この経験を通じて、リノベーションならではの難しさと面白さの両方を実感しました。
澤田:
私たちは運営側の立場で、空間デザインの専門知識はあまりないため、「こういう雰囲気にしたい」「落ち着きのある印象にしたい」といった抽象的な要望を多くだしていました。それをサンゲツさんが丁寧にくみ取り、具体的な形にしてくれたことが非常にありがたかったです。 完成後、チーム内でも「これなら想定していた価格帯でしっかり勝負できる」「お客さまにも評価されるホテルになる」といった前向きな声が上がりました。数字や収益性の面でも期待が持てる結果になり、デザインの力を改めて感じました。
島津:
サンゲツとしても、すべてを一括で担当するこの規模の改装案件は大きな挑戦でした。設計・施工だけでなく、費用対効果や運営面までを見据えたデザインを提案することで、内装デザインに留まらない“経営に貢献する空間”を目指しました。 例えば、もともと5千円台だった客室が、デザインと改修によって1万円前後で販売できるようになるといった具体的な計画を示すことで、デザインの価値を数字で裏付けました。リクリエさんとの連携により、売上や集客の視点を踏まえた提案ができたのは、今回の大きな成果であると感じています。
澤田:
当ホテルは省人化・無人化を前提に設計していますが、「無人だから不便」にならないよう、体験価値を重視しています。 たとえば、館内には電子レンジやケトルを設置し、出張帰りに軽食を温めたり、お酒を飲んだあとの締めにカップラーメンを作ったり……といった、ちょっとした快適さを提供できるようにしました。また、食事サービスをあえて省く代わりに、地域の飲食店情報を積極的に発信しています。“宿泊体験”という言葉のとおり、ホテルの中だけでなく滞在そのものを楽しんでもらえる場所を目指しています。
加藤:
サービスを絞り込むことで、かえってお客さまの自由度が高まり、自分のペースで過ごせるのも特徴の一つです。 非対面でスムーズにチェックインでき、ほかの宿泊者やスタッフと接触せずに安心して滞在できます。このスタイルは、コロナ禍以降の衛生意識や「過剰な接客は不要」という宿泊ニーズにも合致しており、今後のホテル運営において重要な要素になると考えています。
島津:
デザイン面では、無人運営でも温かみを感じられるよう、照明や素材の質感を丁寧に設計しました。「省人化=簡素」ではなく、「機能的でありながら居心地の良い空間」にすることで、宿泊者の心理的な満足度を高めています。 さらに、当ホテルでは、客室以外でも宿泊者同士が自由に過ごせるラウンジエリアを設け、個々の滞在に“選べる体験”を提供しました。一人で仕事をする、家族で食事をする、仲間と語らう──その時々のシーンに合わせた使い方ができるよう、家具の配置やゾーニングにも工夫を凝らしています。
澤田:
現在は、デジタルサービスに馴染みのある30〜50代のビジネス層の利用を中心に見込んでいますが、デザインや清潔感を重視したことで、女性のお客さまにも安心して利用いただけるホテルになりました。 「CROSS BASE」は、完成して終わりではありません。私たちとお客さまが一緒に育てていくホテルです。今後は実際の利用データや「もっとこうしてほしい」という声を大切にしながら、女性専用アメニティの充実やフロア構成の改善なども検討していく予定です。宿泊をただの“寝る時間”ではなく“体験”として楽しんでもらい、また戻ってきたいと思ってもらえる場所を目指します。
加藤:
今後は企業の出張利用だけでなく、観光やイベント滞在の需要にも応えていきたいですね。福岡市内ではホテル不足が続いていますが、鳥栖を“第二の拠点”として選んでもらう動きは、これからもっと増えるのではないかと思います。 ビジネスの拠点としても、家族旅行の宿としても、利用する方のスタイルにあわせて自由に使っていただけるのがこのホテルの強みです。柔軟な料金設定と利便性の高い立地をいかし、この場所が旅のなかで「安心して戻れる場所」になればうれしいです。
島津:
デザイン面では、ターゲット層のライフスタイルにあわせ、コンパクトながらも窮屈さを感じさせない空間構成としています。 鳥栖という街の魅力を感じながら、心からリラックスできる時間を過ごしてほしい。私たちがデザインに込めたその想いを、実際の滞在を通して感じていただければ幸いです。これからもお客さまの声を反映し、さらに良いホテルづくりを続けていきます。
澤田:
ホテルは、地域にとっての“ランドマーク”になれる存在だと考えています。「あの緑のホテルの前で集合ね」といった会話が自然と生まれ、地域の方々の目印として親しまれる場所になってほしいですね。 また、都市部で働く若い世代が帰省した際、実家ではなくホテルを利用することで、特別な時間を共有することもできます。おじいちゃん・おばあちゃんと一緒に泊まり、和室でくつろぐ──そんな幸せな光景が日常になるホテルでありたい。地域の方々に愛され、暮らしの一部として認識されるような存在を目指します。
加藤:
私たちは地場の不動産デベロッパーとして、地域に根差したホテル開発に取り組んでいます。鳥栖のような中規模都市では、大手チェーンが進出しにくく、地域の方々にとって必要な施設が不足していることがあるんです。そうした場所に私たちが関わることで、街全体の利便性や魅力を高めることができるはずです。 今回のホテルも、既存の建物をいかした再生プロジェクトとして、地域の皆さまと一緒に育てていく存在にしていきたいと思っています。
島津:
デザインの力で、地域と宿泊者をつなぐ役割を果たしたいと考えています。たとえば、内装の素材や色使いには、地域の風景や文化をさりげなく取り入れたり、宿泊者がホテル内で完結するのではなく、地域の飲食店や商業施設へ足を運ぶことで、経済が循環し、街に活気が生まれたり…。私たちのデザインがその“きっかけ”となり、人と人、人と地域が交わる──「CROSS BASE」の名にふさわしい場所になればうれしいです。
今回の挑戦の根底にあったのは、「訪れる人にとっての心地良さとは何か」を問い続ける姿勢だ。オーナー、運営会社、そして設計施工・デザインを手がけた3社がそれぞれの想いと専門領域を越えて意見を戦わせ、協力しあうことで、プロジェクトはかつてない推進力を得た。
九州のビジネス・観光の要所として、ますます注目を集める鳥栖。その未来を象徴するかのようなこのホテルには、デザインの根拠に裏打ちされた「必然の心地良さ」が感じられる。
訪れる人が意識せずとも、ふと安らぎを感じる空間。そこには、立場を越えて理想を追求した3社の静かなる熱量が、確かに息づいている。